ノルウェイの森

原作情報

原作者:村上春樹

1949年1月12日生まれ。79年「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受賞しデビュー。82年、初の本格長編小説「羊をめぐる冒険」が野間文芸新人賞を受賞。87年「ノルウェイの森」が空前の大ベストセラーとなり、国民的な作家となる。海外でも絶大な人気を誇り、多くの作品が外国語に翻訳され、現代アメリカでも大きな影響力をもつ作家であると指摘されている。96年にはNew Yorker誌で、11ページに及ぶ特集記事が掲載され、05年には「海辺のカフカ」の英語版”Kafka on the Shore”がNew York Times紙の<The Ten Best Books of 2005>に選ばれるなど、海外での評価は極めて高い。国内で数多くの文学賞を受賞したにとどまらず、海外でもフランク・オコナー賞、フランツ・カフカ賞、エルサレム賞を受賞している。

【主な小説作品】

1979年 「風の歌を聴け」(第22回群像新人文学賞受賞)
1980年 「1973年のピンボール」
1982年 「羊をめぐる冒険」(第4回野間文芸新人賞受賞)
1983年 「中国行きのスロウ・ボート」「カンガルー日和」
1984年 「蛍・納屋を焼く・その他の短編」
1985年 「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」(第21回谷崎潤一郎賞受賞)「回転木馬のデッド・ヒート」
1986年 「パン屋再襲撃」
1987年 「ノルウェイの森」(上・下巻)
1988年 「ダンス・ダンス・ダンス」(上・下巻)
1990年 「TVピープル」
1992年 「国境の南、太陽の西」
1994年 「ねじまき鳥クロニクル」(第1部 泥棒かささぎ編・第2部 予言する鳥編/第47回読売文学賞受賞)
1995年 「ねじまき鳥クロニクル」(第3部 鳥刺し男編)
1996年 「レキシントンの幽霊」
1999年 「スプートニクの恋人」
2000年 「神の子どもたちはみな踊る」
2002年 「海辺のカフカ」(上・下巻)
2004年 「アフターダーク」
2005年 「東京奇譚集」
2009年 「1Q84」(BOOK1・BOOK2/第63回毎日出版文化賞受賞)
2010年 「1Q84」(BOOK3)

「ノルウェイの森」 Norwegian Wood

1987年9月10日講談社刊(上・下巻)

日本国内発行総累計部数1044万部(2010年10月時点、国内小説歴代第1位)、海外翻訳33言語260万部

英語、アイスランド語、アラビア語、アルバニア語、イタリア語、エストニア語、オランダ語、カタルーニャ語、ギリシャ語、クロアチア語、スウェーデン語、スペイン語、スロベニア語、セルビア語、チェコ語、デンマーク語、ドイツ語、トルコ語、ノルウェイ語、ハンガリー語、フランス語、ブルガリア語、ヘブライ語、ボスニア語、ポーランド語、ポルトガル語、ラトビア語、リトアニア語、ルーマニア語、ロシア語、中国語(簡体字)、中国語(繁体字)、韓国語、タイ語、インドネシア語、ヴェトナム語

【小説ストーリー】

37歳になったワタナベはドイツ行きの機内で「ノルウェイの森」を耳にして十八年の前のことを思い出す。十八年前に自分が恋に落ちた直子のことを。直子はワタナベの高校時代の親友のキズキの恋人だった。ワタナベにとってキズキは唯一の友であり、必然的にワタナベと直子も一緒によく遊んでいた。ところが、ある日突然キズキは誰にも何も言わずに自殺をしてしまう。親友を喪ったワタナベは誰も知っている人間がいないところで新しい生活を始めるために東京の大学に行く。そして、あるとき中央線で直子と偶然再会する。それからワタナベと直子はお互いに大切なものを喪った者同士付き合いを深めていく。ところが、付き合いを深めれば深めるほど直子の方の喪失感はより深く大きなものになっていく。そして、二十歳になった直子は結局京都の療養所に入院することになる。そんな折にワタナベは大学で、春を迎えて世界に飛び出したばかりの小動物のように瑞々しい女の子・緑と出会う―。

【原作より】

十八年という歳月が過ぎ去ってしまった今でも、僕はあの草原の風景をはっきりと思いだすことができる。何日かつづいたやわらかな雨に夏のあいだのほこりをすっかり洗い流された山肌は深く鮮かな青みをたたえ、十月の風はすすきの穂をあちこちで揺らせ、細長い雲が凍りつくような青い天頂にぴたりとはりついていた。空は高く、じっと見ていると目が痛くなるほどだった。風は草原をわたり、彼女の髪をかすかに揺らせて雑木林に抜けていった。梢の葉がさらさらと音を立て、遠くの方で犬の鳴く声が聞こえた。まるで別の世界の入口から聞こえてくるような小さくかすんだ鳴き声だった。その他にはどんな物音もなかった。どんな物音も我々の耳には届かなかった。

▲ページのトップに戻る