ノルウェイの森

監督:トラン・アン・ユン | 撮影:李屏賓(マーク・リー・ピンビン) | 音楽:ジョニー・グリーンウッド

スタッフ 1/3

トラン・アン・ユン | 監督

写真:トラン・アン・ユン

1962年12月23日ヴェトナムのホーチミン市近郊の街ミー・トー(My Tho)生まれ。75年にヴェトナム戦争の戦火を逃れ、一家でフランスに亡命。フランスの映画学校に学ぶ。長編第1作『青いパパイヤの香り』(93)で第46回カンヌ国際映画祭カメラドール賞受賞、第19回セザール賞第1回監督賞受賞、そして第66回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートを果たし、一躍世界の注目を集めた。続く第2作『シクロ』(95)は、第52回ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞(グランプリ)を獲得。『夏至』(00)も第53回カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門に出品、わずか3作にして国際映画祭の常連となる。静かな官能性を孕んだ豊潤な映像美によるリリカルなストーリーテリングに定評がある。

【監督作品】

1993 『青いパパイヤの香り』
1993年第46回カンヌ国際映画祭カメラドール賞受賞
1994年第19回セザール賞第1回監督賞受賞
1994年第66回アカデミー賞外国語映画賞ノミネート
1995年 『シクロ』
1995年第52回ヴェネチア国際映画祭金獅子賞(グランプリ)受賞
1995年第22回フランドルフランダース映画祭ゴールデン・スプール賞(グランプリ)受賞
ジョルジュ・ドルリュー賞<トン・タ・ティエ>受賞
2000年 『夏至』
2000年第53回カンヌ国際映画祭 ある視点部門正式出品
2008年 『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』
2010年 『ノルウェイの森』
2010年第67回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門正式出品

原作との出会い、そして映画化へと至る経緯を聞かせてください。

原作を読んだのは1994年にフランスで出版された時です。すぐに魅了され、映画化したいと思いました。しかし、周囲から芳しい反応が得られなかったため、半ば諦めかけていたところに、暫くしてアスミック・エースの小川真司プロデューサーから連絡がありました。まず、僕と小川プロデューサーは映画化の方向性について徹底した議論を重ね、その後、村上春樹氏に会いに行くことになりました。そこで彼から言われたのは、『まず脚本の第一稿を見せてほしい』ということです。それで、第一稿を書き上げ、村上氏に提出しました。戻ってきた脚本にはたくさんのメモが貼ってあり―例えばそこには原作にないセリフなども書かれていて―その意見に対し第二稿をまとめ、以降は特に村上氏からの要望もなく、自由に脚本を書き進めていきました。おそらく、村上氏は僕が原作を掴んでいると感じたのでしょう、結果、このように映画化が実現したのです。

あなたが感じた原作の魅力とは、どの点にありましたか?

村上氏の作品は読者に親密さを感じさせるメカニズムを持っていて、私も読んだ瞬間に親密な感じを抱きました。それが第一の理由だと思います。また、『ノルウェイの森』は若い世代のラディカルな内面を、登場人物の体験を通して見事に描いた素晴らしい作品です。自分の人生の定義を探し求め、それを受け入れていく、そして同時に愛に目覚め、その感情に真摯に向き合っていく姿が描かれています。それは村上氏が言うように、彼らをとても危険な場所へ誘っていきます。しかし、私が魅かれたのは、まさにそのような青春の渇望だったのです。さらに魅かれた理由を挙げるなら、それは官能性です。すべてが登場人物の性的な行動と関連していて、視覚的にはその部分を決して下品に描くことなく、同時に快楽だけでない性の感覚を観客に与えられる、適切なバランスを見付ける必要がありました。

日本人キャストの起用、日本での撮影は当初から想定していたことですか?

僕にとって、この作品を日本人でないキャストを起用し、日本以外の場所で撮る選択肢はあり得ませんでした。なぜなら、僕が原作の中で気に入ったのは、日本らしい文化や日本人らしい佇まいなどだったからです。もちろん日本語で撮影することは、大きな困難の一つではありましたが、その点は小川プロデューサーにカヴァーしてもらいました。

キャスティングで重視した点はどこでしょうか?

常にキャスティングで重視するのは、その役者の人間性です。特に、一度も芝居をしたことのない人物の場合、その人が映画の世界観にどれだけフィットしているか、役柄にどれだけ適しているかということを見るのです。その次に、もちろん役者としてどれだけの可能性を秘めているかを見極めます。

ワタナベ役に松山ケンイチさんを起用した理由を教えてください。

最初にオーディションのビデオを観た時、実は彼を起用したいとは思いませんでした。でも、何か特別なものを感じたので、一度彼に会おうと考えたのです。会った瞬間、彼しかいないと思いました。それは、先ほどお話しした人間性が理由です。ただ佇んでいるだけで、彼の人間性が発揮されている瞬間がある。素晴らしい俳優です。

直子役の菊地凛子さんはどうでしたか?

『バベル』を観て、彼女はこの役柄に相応しくないと思っていたのですが、オーディションだけでも受けたいという彼女の強い意志があり、オーディションのビデオを観て彼女だと確信しました。実際、最初に会った彼女の印象は、繊細な若い女性のものでした。後日、その時彼女は殺人鬼を演じる映画(『ナイト・トーキョー・デイ』)の撮影中で、合間を縫い女の子らしい姿になって僕に会いに来たと知り、凄い女優だと再確認しました。

緑役に水原希子さんを起用した理由はどこにありましたか?

緑のキャスティングは難航して、その過程でたくさんの女性と会いましたが、彼女に会ってすぐに魅了されました。彼女を見て、人が感じるのは、絶対的な優しさです。それは緑に必要不可欠なものだったので、彼女を選びました。

日本でのプロダクションに際し、日本語のセリフやコミュニケーションなど、言葉や慣習の違いをどうやって克服したのでしょうか?

たとえ言語が違っても、そのセリフが適切な芝居によって表現されたかどうかはわかります。だから、こちらが求めた領域に達するまで、役者には何テイクも芝居を行ってもらいました。非常に難しいシーンでは、セリフのイントネーションなどが適切だったかを小川プロデューサーに確認して、さらにテイクを重ねるかどうか判断しました。自分の知らない言語で作品を作ることは、実は非常に楽しい経験なのです。セリフ自体がまるで音楽のように聞こえてきて、次第にミステリアスになっていく、フェティッシュな感覚を味わいました。

あなたのこれまでの作品には「苦しみの中に美を見出す」というテーマが存在していました。この作品でも、あなたは「喪失感」という苦しみの中に美を見出そうとしたのでしょうか?

確かに、僕は常に苦しみの中に美の断片を見出せると思っています。アートでは“美”と“苦しみ”の二つの共存を明確に描くことが大きなテーマになっていますが、この作品もそうでした。ある人物の喪失感が引き金になり苦悩が漂います。それをいかに衝撃的に見せるか、でもその衝撃は同時に美しく感じられるものでなければなりません。なぜなら美は人の意識に深く入り込み、残るからです。その美しさを観ている人に感じて欲しいのです。

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